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本を書く医師 Top漢方薬は甘くない その7 漢方の未来に望むこと

          
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漢方薬は甘くない その7 漢方の未来に望むこと


 近代看護教育の礎を築いたフローレンス・ナイチンゲールの著書 『看護覚え書("Notes on Nursing”)』 にこんな一節があります。

 Disease is a reparative process. 
 (病気とは回復過程である)

 病気とはなんでしょうか。発熱、頭痛、吐き気、咳、不眠など、さまざまな症状が現れてくると人は病気だと認識します。しかしナイチンゲールは、これらの症状は病気そのものではなく、人間の体が 「毒されたり衰えたりする過程を癒そうとする自然の努力のあらわれ」 だと考えました。

 たとえば風邪をひいて熱が出たとしましょう。風邪はウィルス感染によって起こります。ウィルスは人間の体内環境に適応して37度前後で繁殖するので、体温が38度を超えると急に分裂できなくなります。だから人間の体は自分で熱を出してウィルスと戦っているのです。
                
 つまり発熱は健康を取り戻すための回復過程ということですね。もちろん必要以上に体温が上がると体力を消耗して逆に回復が遅れますので、先生の指示に従って一定の体温を超えたら解熱剤を使ってください。でも1度くらい下がれば十分です。平熱にまで下げる必要はありません。

 同じことは下痢と嘔吐にもいえます。原因が胃腸炎だろうが食中毒だろうが、下痢や嘔吐は体にとって望ましくないものを追い出そうとする体の反応です。咳、痰、鼻水もそう。腫れたり赤くなったりする炎症もまた、免疫細胞が病原菌と戦っている証です。この戦いをナイチンゲールは 「自然の努力」 と表現しました。

 これはいわゆる自然治癒力のことではありません。自然治癒というと神秘的で少し他力本願的なニュアンスがありますが、ナイチンゲールの 「自然の努力」 は、患者が体全体の力をふりしぼって病気と戦う 「当然行われる努力」 という意味です。つまり、人間と病気の闘いが症状として現れると言っているのです。

 ナイチンゲールは 「白衣の天使」 のイメージで語られがちですが、実際には統計学者としても有名で、経営学、哲学、心理学に通じ、客観性と合理性を尊ぶ人でした。近代医学を否定するのではなく、その有効性を最大限に発揮して患者により良い結果をもたらすために看護はどうあるべきかを徹底的に追求しました。

 その中で、「病気とは回復過程である」 の言葉を通じて、個々の症状にとらわれずに人間の体と病気を大きな目で見ることの重要性を説きました。この視点はナイチンゲールが生まれる遥か昔、遠いアジアで生まれた東洋医学の 「病気ではなく人をみる」 という発想に通じるものです。

 東洋医学はもとをたどれば自然の草木を使った素朴な民間療法だったと思われます。それが長い年月をかけて陰陽五行説、気血水、陰陽などに代表される深遠な東洋哲学の体系と結びつき、一体となって発展してきました。
      
 しかし今の時代にその良さをもっといかすには、やはり合理的で実用的な、現代科学の検証に耐えうる新しい漢方が必要です。例えば漢方が成立した当時は検査機器が発達していなかったため、漢方の専門家はいまも 「四診」 といって脈を取るなど五感を駆使して患者さんを診察します。

 患者さんの訴えに耳を傾け、目で見て、触れて診断するのは、洋の東西を問わず今も診察の基本です。しかし近代になってレントゲンや血液検査などが生まれたのは、正確に診断して的確な治療を行うのに役立つ情報が得られるからです。

 漢方の専門家の中には、「検査で何がわかる」 と西洋医学を切り捨てるかたもあります。しかし西洋医学の良いところは取り入れながら、開かれた勉強の場を提供するなどして互いの間に存在する不幸な誤解や偏見を解消できるよう、ご助力願えればと思います。

 もちろん西洋医学の側も閉鎖的な医療制度を再検討すべきでしょう。現在、けがや病気でリハビリが必要だと判断すると、医師がリハビリの処方箋を出して患者さんをリハビリのプロである理学療法士、作業療法士らのもとに送っています。例えばこれにならって、患者さんを漢方専門家に紹介するしくみがあったらよいと思いませんか。

 西洋医学と東洋医学双方の恩恵を受けることができる日本で、1+1が3にも4にもなるような新しい医学が育っていくことを期待しつつ、連載記事 「漢方薬は甘くない」 を終わります。